さんぽみちのちしつColumn
第15話 ~織女は白竜の夢を見る~
2021年06月10日(木)
写真は南陽市の白竜湖である。面積が約1平方キロメートル、水深が最大1m余とかなり貧相であるが、自然湖沼としては山形県で最大である。湖の周辺は大谷地と呼ばれ、古来、入れば腰までぬかるむ「ひどろ田」で、特に湖の東側は萱(カヤ)場とされる未開の湿原が広がっていた。明治期以降、度重なる圃場整備と大規模な排水路網の建設により、現在では整然とした水田が広がる穀倉地帯へと変貌している。
白竜湖を含む大谷地地区は置賜盆地の北東隅に位置し、白鷹山地から南下する吉野川と高畠町より西流する屋代川の自然堤防によって出口を閉塞された低湿地帯である。明治期には面積も今の2倍、水深も3m近くはあったとされている白竜湖だが、年々縮減の方向にあり早晩消滅するのではと危惧されている。特にかつての高度成長期の食料増産に伴い、圃場水源として無理な浚渫工事を行った結果、貴重な動植物の絶滅と共に毎年「ヒシ」(水草)の大繁茂を繰り返すようになった。それが腐敗して湖底に堆積することにより却って湖の命脈を縮める事となったことは人間の愚かさとしか言えない。これは浚渫により湖底から富栄養化した泥が舞い上がり、加えて辺縁の水田より化学肥料を含んだ排水が大量に流れ込んだ事が大きな要因となっている。
大谷地の北側半周は丘陵地(ぶどう畑)に囲まれており、浅いながら幾本もの沢地形が刻まれている。にも関わらず大谷地内は太古から変わらず続く低平な湿地帯であり、これは土砂の供給が極端に少なかったことをも意味している。沢があるのに土砂が供給されないのはなぜか?これは前回、大洞のU字谷の稿でも触れたが、周囲の緩斜面は風化に伴う自然崩落土砂「崖錐堆積物」の性格が強く、降雨があっても直ぐさま地盤に浸透するため土砂を押し流すような流れにならなかったのが要因である。そして浸透した地下水だけが湿地の底部から静かに湧き出すこととなる。(一部は、赤湯七水と呼ばれる湧き水となって人々の生活に利用されてきた)
白竜湖の数ある伝説のなかに赤湯東正寺の若い僧侶に恋い焦がれた若い娘が、想いかなわず湖に身を投げてしまい、その魂が白竜となって天に昇ったという悲恋の物語がある。また、同じ南陽漆山地区にはあの「鶴の恩返し」の発祥の地のひとつとしての言い伝えが残っている。赤湯周辺にはこのような物悲しい結末の物語が幾つも口伝として語り継がれてきた。深さ1mの湖に巨大な白竜が潜んでいる訳はあるまいとか揶揄する向きはさておき、このような寓話が生まれた往時の人々の暮らしぶりが暗く貧しいものであったろうことは想像に難くなく、今不自由なく暮らせる我が身の幸せをありがたく思わねばバチが当たりそうだ。
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