さんぽみちのちしつColumn

特別号 ~雑味は旨い!~

2021年03月31日(水) 

 山形盆地の西側には「塩」を含む地名が多数存在する。代表的なところで、出塩・塩辛田・小塩・平塩・塩水・塩ノ平・塩の淵・塩田など、枚挙にいとまが無い。それらの多くで塩分を含む地下水が湧き出ており、古来より人々の生活に大きく関わってきた。弊社でもこれらの地区の背後に当たる山中で東北クリーン開発様の使用水確保のため何本もの井戸を掘削したが、地下水に高い濃度の塩分が含まれており、対処に苦慮した経験をもっている。このような塩分を含む地下水を日々のくらしに有益に利用していたのは寒河江市の平塩地区だけである。その他の地区は塩分によ
り植物が育ちにくい土地とか、田畑への引水に注意しなければならない水とか言うネガティブな扱いを受けてきた。


 平塩舞楽で有名な平塩熊野神社の近くに小さな祠(ほこら)が祀られている。祠の中にはやや白濁した小さな湧き水の溜まりがあり、これがかつて村内に数ヶ所あったという塩水泉の一つである。そもそも当地の地名「平塩」は、かつてこの水から生活用の食塩を得ていたという史実より「煮詰めて冷やした塩→冷や塩→平塩」に転訛したものと云われている。戦時中まで細々とこの食塩造りが受け継がれてきたが海塩が潤沢に流通するに伴い、その後永らくその伝統が途絶えていた。ところが近年、地元産品の掘り起こしの一環として、有志の方々が再び食塩製造に乗り出していると聞く。(まだまだ試作段階のようだ)平塩地区を含め山形盆地西縁に湧く塩水は、いわゆる食塩分(塩化ナトリウム)のほか、様々な電解質と鉄分などのミネラルや硫化物(硫黄分)など雑多な成分が含まれている。平塩地区のそれは他の地区よりいくらかこれらの雑成分が少ないが、それでも何回もの濾過や沈殿を繰り返さないと食用塩にはならいという。人間の舌と云うものは純粋な成分ほど「すっきりした味」と感じると同時に「尖った・きつい味」ととらえる。手間暇かけた平塩の塩は「奥行きのある・甘みを感じる」極上の味わいに仕上がっているそうだ。


 いきなり脱線するが、福島県の115号線、つちゆロードパーク(道の駅つちゆ)では、かつて弊社で施工した水源井戸が完成するまで、飲料水はふもとの土湯温泉からタンクローリーで運び上げていた。当時はこのような施設に必須とも言えるそば・うどんなどの軽食コーナーも無く、手洗いには「この水は飲めません」の張り紙。全体に寂れ、どこかうらぶれた雰囲気が漂っていたものである。福島市より水源開発を委託された私達は、手洗いに引いていた山水の水源地に行ってみた。そこには小さな沢に堰を設け、イモリの泳ぐ水中に網かごをかぶせた黒パイプの吸い口が覗いていた。試しに、沢水をすくって直接口に含むと瑞々しい若葉のような香りとまろやかな甘みを感じる。「旨い!」。私はこう見えても山岳部出身である。自然の沢水は鉱毒を含んだヤバい水まで腹を下しながらもさんざん口にしてきた。つちゆロードパークの飲用不可の源水は、かつて味わった自然水の内、一・二を争う旨さであった。山野に積もった落ち葉は長い時間をかけて分解され、フミン質という高分子有機物が生成される。その中には様々な芳香を放つ成分とアミノ酸や単糖類に変化する物質が含まれており自然水に複雑な香りやうまみ・甘みを与えてくれる。平塩の塩と同様、自然の雑味は人間の舌には滋味溢れる優しい甘露となるようだ。


ところで平塩の塩泉をはじめとする山の塩分はいったいどこから供給されているのだろうか?。今の地盤を形作る過程では、かつて付近一帯が海だった時代(中新世中期)があり、それが徐々に隆起や新たな堆積物の供給により浅くなり(中新世後期)、入り海や湖の時代(鮮新世)と変化してきている。地層の生成と共に地下に貯留・封入したままになっている海水を「化石海水」と呼び、これが塩水泉や多くの温泉成分の元となっている。化石海水はヨーロッパや中南米などの降雨の少ない非火山地域では、徐々に乾燥濃縮し岩塩となる。しかし降水の多い日本では浸透水も多いため塩は液体の間隙水としてのみ存在する。日本の塩泉の濃度は約1.0%前後の事が多く、くだんの東北クリーン開発様の井戸で最大0.6%程度、寒河江市塩水の渡辺外科胃腸科医院様の井戸水で約0.8%、小塩の農水省の井戸で約1.0%、弊社の新髙田温泉で塩分が約1.3%である。その他目安として海水がおよそ3.5%、濃口醤油が約14%相当となる。平塩塩泉の塩分濃度は塩化物総量で計算上約2.5%に達し、近在の塩泉の濃度としては飛び抜けて高い。例外として兵庫県の有馬温泉はプレート境界に取り込まれた塩水が湧き出す特殊な温泉であって、塩分濃度は実に6%に達し日本一濃い。(ホテルの値段も高い‥)そんな温泉に浸かると漬け物になりそうで血圧の高い私はいらぬ心配をしてしまう。まあ、どうせ泊まりに行ける機会は一生無いであろうから全くの杞憂なんだが。


 平塩地区の背後の山々は、深い海の時代に生成した「月布層」相当の泥岩の上にやや浅い海の時代の「橋上層」の砂岩類が厚く堆積している。丘陵地のふもとに位置する平塩地区はこの橋上層に接している。では湧き出す塩泉の源(塩分)は、この橋上層に含まれているのであろうか?答えはほぼNOである。無論この橋上層(砂岩)も海の中で出来た地層なので、太古には塩分を多量に含んでいた。しかし、透水性の高い砂岩では降雨による浸透水により塩分が洗い流されてしまう「溶脱」が進みやすいため、地層中の塩分はどんどん失われてしまう。特に溶脱が生じやすい山地・丘陵地の砂岩では水溶性の塩分は限りなくゼロとなる。では現在の塩分の供給元は何処かと言うと、結論的には月布層(泥岩)等の透水性の低い地質となる。しかしだ、透水性の低い「泥岩」に孔をあけても本来、ほとんど地下水は集まらないはずだ。では塩水の出る井戸はどこから水が入ってくるのだろうか? 実は泥岩から長い時間をかけ少しずつ溶出した塩分を含んだ水は、ただの浸透水(真水)より比重が大きいため、地層のくぼみや亀裂に溜まると塩水が下・真水が上の二層にきれいに分かれる。それらはいつまで経っても混じり合わないばかりか、上層の真水だけがサッサと短期間で流出してしまい、後には塩水たまりだけが残される。だからこの貯留した塩水層に井戸を設けるとしょっぱい地下水となる訳だ。平塩の塩泉水も大元は泥岩層の塩分とみられる。おそらく塩水泉周辺は、表流水や真水の湧き水(浅層地下水)などが無く、水の循環供給が乏しい地区と推察される。そのため、地下深部の泥岩層から少しずつ湧き上がる塩水が薄まらずに、地表まで達する事ができたのだろう。


 我々が口にする食塩の風味は塩化ナトリウムを除いたその他の成分で決まる。であれば、海の水から得られる海塩は日本、いや世界全体でもそんなに差は無いはずだ。それに対して内陸塩(山塩)はその土地土地によって組成成分が大きく異なると同時に当然味わいも違う。ちなみに、有名な赤穂塩や伯方塩は輸入した外国産の内陸塩に日本の海水を足して製造した「調整塩」であり、多くの雑成分を含んでいるものの純粋な日本の塩では無い。


 日本国内の内陸塩としては、福島県北塩原村の大塩温泉の会津山塩がある。生産・供給量はごく少なく、薪釜で煮詰められたそれはまろやかで風味豊かな塩だという。ここ山形の土地・風土に根ざし歴史に裏付けられた「平塩の塩」も、いつか寒河江の焼き鳥やラーメンに使われ、それらと共に地域の名産品に育ってくれる事を期待したいものである。

カテゴリー:さんぽみちのちしつ

お客様のお困りごとを教えて下さい