さんぽみちのちしつColumn
第14話 ~フィヨルド幻影~
2021年05月10日(月)
私たちには馴染みが薄いが、氷河の流れで浸食された谷地形を「氷食谷」と言い、これが海に入って細長い湾となったものを「フィヨルド」と言う。スイスアルプスや北欧に多い地形でU字谷を特徴とする。
南陽市川樋に大洞(おおほら)と云う地区がある。当社で東北中央道関連の井戸を何本か掘削したあの大洞である。地区の背後は見事なU字谷となっており、谷の最奥に大洞山が聳える。谷底はなだらかな緩斜面となっており、多くはブドウ畑として利用されている。私が高校時代、上野に向かう特急やまびこの車窓からはじめてこの地形を見たとき、日本にあるまじき景色にしばし見とれ呆然とした。後日、友人たちに「あのU字谷は凄いよね!フィヨルドみたいだよね」と、興奮気味に話ししたものの、誰一人関心を持ってくれなかった無念さを今更ながら思い出す。でも高校生で地形を熱く語る私は、当時から変な奴だったのかもしれない。
北欧のU字谷は氷河で削られたものだが、この大洞の谷はどうやって出来たのだろう。まさかここに氷河があった訳では無い。ただ氷河期には関係している。辺りの地質は赤湯層という古い細粒凝灰岩・凝灰質泥岩が分布している。古い泥質の堆積岩で幾度もの氷河期を経ているとなると、岩盤は凍結融解をくり返し、静かに少しずつ破砕してゆく。これをスレーキングと言う。砕けた岩塊は山から崩落し麓に堆積する。そして大雨などによりごくたまに(それこそ数百年に一度のレベル)土石流のような流れで一気に地表が均される。幾星霜、何百万年もそれが繰り返されたら・・ああいう地形になるワケだ。実は赤湯周辺の岩山は殆どが砕けた岩塊が地表を厚く覆っている土地で、痩せているが極めて水はけが良い。表面の石を集めて石積みにし、段々畑にして湿気に弱いブドウを植えたのが、赤湯のぶどう産地の興りである。
実はこの水はけの良さもU字谷形成の大きな要因になっている。あれだけの規模の谷地形なのに、谷底には常時水の流れる沢が一本たりとも存在しないのだ。降った雨は一箇所に集まることなく殆どが直ぐさま地面に浸透し、地表近くのガラガラの石だらけの地層を伝って速やかに排水してしまう。言わば地中に、目に見えない排水河川が埋もれているようなものである。地表に沢があるとその周辺が浸食・洗掘されてV字谷となる。それがないので堆積したままのなだらかな地形が保たれているのである。
この赤湯層由来の礫層、困った特性がひとつある。数十mもの厚さの玉石・砂礫層であるにもかかわらず、地下水がほとんど出ないのだ。河川で堆積した砂礫であれば古くとも100万年前には出来ている。それがこの大洞の地盤は中新世、原岩が出来てから約一千万年の時間が流れている。しかも自位置で礫状となったため土砂が層状となっていない。礫層は出来てからの時間の経過と共に礫と礫の間の間隙に細粒分が沈着し、目詰まりを起こして透水性がどんどん低下する。加えて層状となっていないため、横方向に繋がった地下水の帯水層が発達しないのだ。つまりこの礫層、水が浸透しないし溜まらない訳あり物件となってしまっているワケだ。
北欧と言えば氷河やフィヨルドのほか、高緯度の薄暗い世界で妖精と魔法が身近に息づいている幻想的なイメージがある。彼の地で生まれたムーミンも妖精のひとつだそうだ。(決してカバでは無い!)その昔、雪がしんしんと降り積もる静寂の夜にいろり端で、今は亡き祖母が語ってくれた「とんと昔あったけど・・」と、相通じる情緒を感じるのも私だけでは無いはず。
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