さんぽみちのちしつColumn

第45話 ~灼熱の分水嶺~

2024年07月10日(水) 

 地表に降った雨水は、流域毎に集まり川となって海へと流れ込む。個々の流域に分かれる水域の境界を分水界と言い、多くは山稜である事よりこれを分水嶺と呼ぶ。奥羽山脈など、太平洋側か日本海側かを分ける稜線は、特に中央分水嶺と呼ばれる。


 山形県最上町、宮城県境から800mほど山形側に入った位置に、JR陸羽東線堺田駅がある。その駅前広場に日本海と太平洋側へと流れを分ける分水嶺の碑がひっそりと立っている。近くには、奥の細道で芭蕉と曽良が、蚤シラミと馬の排泄臭に悩まされたと言う封人(ほうじん)の家がある。周辺は緩やかな高原の鞍部のような地形で、1本の水路が水田の間を南下してくるが、駅前で流れは二手に分かれ、西側は小国川をへて日本海へ、東側は荒雄川を通じて太平洋へと旅発ってゆく。


 この堺田地区は、最上町の中心部が広がる向町小盆地から宮城県側の中山平や鳴子などの温泉地が連なるエリアへと通ずる位置にある。また、山形県側にも向町盆地の南東方に赤倉温泉、西の渓谷に瀬見の温泉街を抱えている。実は付近を含む一帯は、栗駒南部地熱地域とも呼ばれ、国内有数の規模を誇る大地熱地帯である。この地域には、鬼首や三途川などの巨大なカルデラ(大規模な火山性の陥没地形)が多数集まっており、その中には、最上町中心部に広がる向町カルデラや赤倉温泉の位置する赤倉カルデラも含まれている。


 向町カルデラに関しては、径10㎞ほどもある浅く円い盆地地形で、いかにもカルデラのように見える。しかしこの地が本当にカルデラなのか、それとも単に山地に囲まれた構造性の盆地なのかの議論がかつてからあった。火山活動は50万年ほど前には終了したとされるが、はっきりした活動の痕跡が殆ど残っていない。どうも盆地内の数箇所で小規模な噴火活動はあったのだが、大規模噴火に伴う巨大な陥没現象は生じなかったものとみられている。つまり、向町盆地全体としては、カルデラ地形と呼ぶのは適切ではないのかも知れない。


 これに対して赤倉カルデラは、200~300万年前に活動したとされるやや古いカルデラである。赤倉カルデラと言ってもピンと来ない方が多いだろうが、前出の堺田や今の赤倉温泉付近がカルデラの外縁寄りで、カルデラの内部は奥(おう)羽山(はやま)やミミズク山と呼ばれる標高800mほどもある溶岩ドームがデーンと鎮座している。つまり平地が点在する山地であって、全体としてはカルデラ地形のイメージにはほど遠い。温泉を生む岩体の温度は、1万年で1度低下するとも言われており、200万年前に火山活動を終えたとすれば、熱量としてはそれほど残っていない。それでも今なお赤倉温泉に豊富な湯を供給し続けているのだから、岩体の熱規模としてはかなりデカいのだろう。


 日本は、米国・インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱エネルギーポテンシャルを誇っている。なんとハワイやアラスカを含む米国全土の総火山熱量の、実に3/4に相当する熱資源が、この狭い日本列島にはあるのだそうだ。しかし地熱発電などで利用されている量は、資源量ではるかに劣るニュージーランドやイタリアにも遠く及ばない。その要因は、国定公園の網の中や既往の温泉施設の近くに地熱資源が偏在している事が大きいが、開発に長期間を要することや高額な初期投資も足かせとなっている。適切な監視や取り決めのもと、地熱開発を急がないとせっかくの熱資源が生かせない。この豊富な火山熱を横目に、輸入した高価な石油で暖を採らねばならぬとはなんとも解せない。石橋を叩いている内に時代に乗り遅れてしまうのではないかという焦燥感と懸念が尽きる事は無い。

 

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