2022 5月 10のアーカイブ
第25話 ~黄金の九十九島~
「象潟(きさかた)や雨に西施(せいし)がねぶの花」芭蕉が俳諧紀行文・奥の細道に収めた一句である。西施は中国四大美女の一人で、初夏の夕刻、密やかにそして艶(あで)やかに咲く合歓(ねむ)の花を引き合いに、雨の象潟は艶然とした陰の美しさがあると詠(よ)んでいる。
象潟町は秋田県の南西端で現在は「にかほ市」に含まれている。鳥海山と日本海に接し、ダイナミックな景勝地を数多く抱える自治体である。紀元前四百年頃、鳥海山の大噴火による山体崩壊の砕屑流が日本海に流れ込み、浅い海と流山(ながれやま)による幾多の小さな島々ができた。(砕屑流・流山については拙稿第22号(特別号)にて詳述)やがて浅海は砂丘に仕切られ潟湖となり、小さな島々には松が生い茂った。こうして、晴れやかな海原に広がる男性的な松島に伍(ご)する、穏やかな艶っぽい女性的な象潟の風景が生まれたのである。この象潟は古(いにしえ)の時代より九十九島・八十八潟が景勝地・歌枕の地として知られ、平安時代末期の武人で歌人でもある西行(さいぎょう)が訪れたとの記録が残っている。後に先人を偲んで芭蕉や一茶・蕪村、近代では正岡子規などの名だたる俳人が相次いでこの地を訪れており、文化人の巡礼地として名を馳せた。
江戸時代末期、文化元年(1804年)の象潟地震により、一帯の地盤は一気に2.4mほども隆起した。その結果、島々が点在する浅い潟湖が一夜にして数多(あまた)の丘が散在する平坦な陸地へと変貌したのである。この地を治めていた本庄藩はこれを契機に、陸化した新たな平野部を広大な水田へと開墾すべく、点在する島々を切り崩す整備計画を進めようとした。古い凝灰岩でできている松島の島々と異なり、象潟のそれは鳥海山の砕屑流であり基本は土砂である。人為的に切り崩して均すことなど造作も無い事であった。この暴挙に対し歴史的な景観を守らんと地元の寺社・蚶満寺(かんまんじ)の住職が立ち上がり、己が命を賭(と)して抗議した。次第に民衆の保存運動の気運も高まり、藩による島々の破壊を取りやめとする方向に追い込んだのである。
象潟は今も水田に大小百余の小島が浮かぶ美しい景観が護られている。春、水田の水面(みなも)が鏡のように天空を写し、彼方に雪を抱く鳥海山が聳(そび)える。秋、海原と見まごう黄金の稲穂の波に小島が浮かび、見事な古の眺望がよみがえる。自然の織りなす四季折々の景観を楽しめる象潟であるが、世人への知名度はそれ程高くない。ためしに「象潟の九十九島って知っているか?」と若手社員の何名かに尋ねてみたが結果は全滅であった。我々にとって日帰りでも行ける象潟の地。遠くの別嬪(べっぴん)さんをあがめるのも良いけど、近くの良い人を知ることも大切だと思うんだ。
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